山都町 [バス停]エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本32.6897179130.9923447
最大32.689957130.992624
最小32.689477130.992064

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

[延岡-福岡 / 宮崎交通(株) / 路線バス]
[福岡~延岡 / 西日本鉄道(株) / 路線バス]

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[32.6897179 / 130.9923447]付近のツイート

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

山都町は熊本県東部にある町で、上益城郡に属している。
九州」に位置しており、その町域は東西約33キロメートル、南北約27キロメートルにおよび、面積は544.83平方キロメートルで、県内自治体で3番目の広さを誇る。
世界最大級の阿蘇カルデラを形成する南外輪山のほぼ全域をおさめ、南側は九州脊梁山地に接している。
一級河川である五ヶ瀬川、緑川は町内の山間部にある水源を源流とし、分水嶺を堺にそれぞれ東西に流れてる。
標高は、300メートルから1700メートルにあり、そのうち300メートルから900メートルにある居住域については、平野部との気温差は各月平均で4度ほど低く、準高冷地の気候である。
熊本県下ではあさぎり町・氷川町とともに「まち」でなく「ちょう」と読む数少ない町である。
現在、熊本都市圏及び政令指定都市についての研究会に参加している。
人口 : 山都町と全国の年齢別人口分布 山都町の年齢・男女別人口分布 ■紫色―山都町■緑色―日本全国 ■青色―男性■赤色―女性 山都町の人口の推移 1970年 30、607人 1975年 27、461人 1980年 26、336人 1985年 25、282人 1990年 23、503人 1995年 21、746人 2000年 20、333人 2005年 18、761人 2010年 16、981人 2015年 15、149人 総務省統計局国勢調査より 地理 : 阿蘇の外輪山から九州山地まで変化に富んだ自然を持ち、宮崎県と接している。
隣接する自治体 : 八代市 上益城郡:御船町 下益城郡:美里町 阿蘇郡:南阿蘇村、西原村、高森町 宮崎県西臼杵郡:五ヶ瀬町 宮崎県東臼杵郡:椎葉村 地名 : 旧矢部町 芦屋田(旧浜町) 市原(旧浜町) 下馬尾(旧浜町) 下市(旧浜町) 上寺(旧浜町) 城原(旧浜町) 城平(旧浜町) 杉木(旧浜町) 千滝(旧浜町) 長田(旧浜町) 浜町(旧浜町) 南田(旧浜町) 山田(旧浜町) 荒谷 葛原 猿渡 三ケ 白小野 勢井 藤木 牧野 万坂 柚木 麻山(旧御岳村) 入佐(旧御岳村) 小笹(旧御岳村) 男成(旧御岳村) 上川井野(旧御岳村) 川野(旧御岳村) 下川井野(旧御岳村) 田所(旧御岳村) 成君(旧御岳村) 野尻(旧御岳村) 畑(旧御岳村) 犬飼(旧白糸村) 白藤(旧白糸村) 新小(旧白糸村) 菅(旧白糸村) 田吉(旧白糸村) 津留(旧白糸村) 長原(旧白糸村) 目丸(旧白糸村) 金内(旧中島村) 北中島(旧中島村) 島木(旧中島村) 田小野(旧中島村) 原(旧中島村) 黒川 御所 下名連石 旧清和村 井無田(旧朝日村) 大平(旧朝日村) 川口(旧朝日村) 高月(旧朝日村) 郷野原(旧朝日村) 鶴ヶ田(旧朝日村) 仏原(旧朝日村) 安方(旧朝日村) 市の原(旧小峰村) 尾野尻(旧小峰村) 小峰(旧小峰村) 鎌野(旧小峰村) 仮屋(旧小峰村) 木原谷(旧小峰村) 小中竹(旧小峰村) 須原(旧小峰村) 貫原(旧小峰村) 緑川(旧小峰村) 米生(旧小峰村) 旧蘇陽町 大野 神ノ前 白石 滝上 長崎 方ヶ野 馬見原 柳井原 今(旧菅尾村) 塩出迫(旧菅尾村) 塩原(旧菅尾村) 菅尾(旧菅尾村) 八木(旧菅尾村) 花上(旧菅尾村) 米迫(旧菅尾村) 伊勢(旧柏村) 大見口(旧柏村) 柏(旧柏村) 上差尾(旧柏村) 下山(旧柏村) 高辻(旧柏村) 高畑(旧柏村) 橘(旧柏村) 玉目(旧柏村) 長谷(旧柏村) 二瀬本(旧柏村) 東竹原(旧柏村) 二津留(旧柏村) 柳(旧柏村) 歴史 : 中世南北朝から戦国期にかけては、「阿蘇大宮司家」が旧矢部を本拠地として県央地域一帯を所領とし、その居館「浜の館」を築いてその繁栄を誇る。
その後、江戸時代となり、地方行政の根幹をなす「手永制度」により、矢部郷は「菅尾手永」として、それぞれに惣庄屋を配して行政治安を司らせた。
民衆も惣庄屋といったいとなり地域の発展に寄与した。
やまとちょう山都町
通潤橋
山都町章
最終更新:2017年10月10日(火)21:54 wikipedia