石神井城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.73716139.59761
最大35.7385139.598894
最小35.73627139.59383

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

石神井城(しゃくじいじょう)は、東京都練馬区石神井台にあった連郭式の平山城です。
石神井川と三宝寺池(石神井公園)を起点に延びる谷との間に挟まれた舌状台地上に位置していました。
現在城域一体は開発が進み旧態は失われているが、土塁と空堀を廻らせた内郭が僅かに石神井公園内に残っています。
三宝寺池西南端付近に空堀の痕跡、その南側住宅地内に物見櫓跡の痕跡があります。

推定される住所 / Address

東京都練馬区石神井台一丁目28-9
東京都練馬区石神井台一丁目17-9
東京都練馬区石神井台一丁目27-9
東京都練馬区石神井台一丁目15-9
東京都練馬区石神井台一丁目29-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

石神井城は日本の城。
所在地は東京都練馬区石神井台。
歴史・沿革 : 石神井城の築城時期は定かではないが、一般的には室町中期頃であったと考えられている。
鎌倉期以降宇多氏・宮城氏らの館が構えられていた場所に、彼らと婚姻関係を結びながら石神井川流域の開発領主として勢力を伸ばした豊島氏が築いた城で、以後この地は豊島一族の本拠地にもなった。
豊島氏は貞和5に築かれたとする説が有力である。
平安期以来、武蔵の名族として名を馳せていた豊島氏は室町時代中期、新興勢力の扇谷上杉氏家宰太田氏と対立を深め、長尾景春の乱において太田道灌に攻められ没落した。
文明9(1477)年のこの戦いにおいて、豊島氏は当主の泰経とその弟泰明。
石神井城(練馬区)
内郭土塁
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 なし
築城主 豊嶋氏
築城年 鎌倉時代後期
主な城主 豊嶋氏
廃城年 文明9年(1477年)
遺構 土塁、堀
指定文化財 なし
位置 北緯35度44分14.14秒・東経139度35分48.45秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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