滝山城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.70174139.329793
最大35.70204139.330673
最小35.70099139.32812

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

滝山城(たきやまじょう)は、東京都八王子市丹木町にあった戦国時代の連郭式山城です。
多摩川と秋川の合流点にある加住丘陵の複雑な地形を巧みに利用した天然の要害でした。
関東随一の規模を誇ったと言われています。
現在、遺構として本丸・中の丸・千畳敷跡空堀などが残っており国の史跡に指定されています。
大部分が東京都立公園「滝山自然公園」となり桜の名所となっています。

推定される住所 / Address

東京都八王子市高月町1027-9
東京都八王子市高月町1023-9
東京都八王子市高月町1034-9
東京都八王子市高月町1029-9
東京都八王子市高月町2401-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 0.7
2 滝山城址下 0.7
3 丹木二 0.7

[35.70174 / 139.329793]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

滝山城は、現在の東京都八王子市丹木町にあった戦国時代の日本の城である。
1546年、北条氏康が河越の夜戦で扇谷上杉氏を滅ぼし、山内上杉氏の勢力を武蔵から排除すると、大石定久は北条氏康の三男・氏照を娘婿に迎え、事実上、大石氏は北条氏の軍門に下った。
1558年頃、北条氏照は城の大改修を実施した。
1569年、小田原攻撃に向かう武田信玄軍2万が滝山城の北側の拝島に陣を敷き、別働隊の小山田信茂隊1千が小仏峠から進入、これに対し北条方は廿里で迎撃したが一蹴され、滝山城三の丸まで攻め込まれ落城寸前にまで追い込まれたが、2千の寡兵で凌いだ。
しかしこの戦いは、滝山城の防御体制が不十分であることを痛感させ、八王子城を築城し移転するきっかけとなったといわれている。
滝山城(東京都)
城郭構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 大石定重
築城年 大永元年(1521年)
主な改修者 北条氏照
主な城主 大石定重、大石定久、北条氏照
廃城年 永禄12年(1569年)から元亀3年(1572年)頃
遺構 土塁、堀、井戸、土橋、虎口
指定文化財 なし
位置 北緯35度42分7.06秒・東経139度19分41.85秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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