津久井城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.58302139.278735
最大35.5836139.280012
最小35.58088139.277694

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

津久井城(つくいじょう)は、神奈川県相模原市緑区にあった山城です。
筑井城とも呼ばれていました。
現在の津久井城には、家老屋敷跡や宝ヶ池、堀切などが残っています。
主要部分が神奈川県立津久井湖城山公園となっており、ハイキングコースが整備されています。
また、発掘調査が行われた根本・城坂の「御屋敷跡」では掘立柱建物や空堀、土塁、焔硝蔵などが検出されています。

推定される住所 / Address

神奈川県相模原市緑区太井311-9
神奈川県相模原市緑区太井360-9
神奈川県相模原市緑区太井361-9
神奈川県相模原市緑区太井362-9
神奈川県相模原市緑区太井365-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

津久井城は神奈川県相模原市緑区にある日本の城。
後北条氏の時には武田軍への最前線の城として重要視された。
筑井城とも表記される。
城山に築かれた山城。
南北の根小屋が残っており根小屋式城郭の端緒・典型とされている。
ただし、最近の調査・研究の結果、山頂付近にも物見櫓や兵士駐屯のための建物が配置された形成も発見されており、落城前には、相応の防御能力があった山城であることが伺えるようになってきた。
歴史・沿革 : 鎌倉時代に三浦党の筑井氏が築城したと言われている。
大江だった。
1569年の三増峠の戦いの時は、武田側の加藤丹後によって押さえられて出陣できなかった。
津久井城(神奈川県)
津久井城が築かれた城山
別名 筑井城
城郭構造 山城
天守構造 不明
築城主 筑井氏
築城年 鎌倉時代
主な改修者 津久井三郎
主な城主 筑井氏(津久井氏、築井氏)、相模内藤氏、後北条氏
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 土塁、堀切、、郭、土橋、虎口、石垣、石列
指定文化財 なし
位置 北緯35度34分58.80秒・東経139度16分43.68秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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