石垣山城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

タグ / Tags

緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.23486139.128027
最大35.23595139.129958
最小35.233139.127254

他のエリアノート

エリアログ(新着順) / AreaLog(sort by new arrival)

# Title Date
- ログは0件です。ログを残してください。
Log is 0. Please write the log.
-

エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

石垣山城(いしがきやまじょう)は、神奈川県小田原市早川にあった陣城跡です。
石垣山一夜城または太閤一夜城とも呼ばれています。
現在は石垣山一夜城歴史公園として整備されています。

推定される住所 / Address

神奈川県小田原市早川1383-9
神奈川県小田原市早川1354-9
神奈川県小田原市早川1384-9
神奈川県小田原市早川1392-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 入生田 0.9
2 東山崎 0.9
3 山崎 1.1

[35.23486 / 139.128027]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

石垣山城は、神奈川県小田原市早川にあった陣城跡である。
石垣山一夜城または太閤一夜城とも呼ばれている。
小田原城から見えないように築き、完成後に周囲の木を伐採したため、北条氏側に一夜にして築城されたかのように見せて驚かせ、戦闘意欲を失わせる効果を果たした、といわれる。
石垣や櫓を備えた本格的な「近世城郭」であり、関東で最初に造られた総石垣の城であった。
約3〜4万人を動員し、80日で構築された。
秀吉はこの城で茶会を開いたり、天皇の勅使を迎えた。
当時、天守があったかは不明であるが、天守台跡はある。
関東大震災で石垣に被害を受けたが、井戸曲輪の石垣は地震に耐えて現在もよく残っている。
この城の縄張りは城郭研究者の外川淳などは、長方形の郭や濠などが非常に肥前の名護屋城に似ていることから、黒田如水であったとしている。

石垣山城(神奈川県)
本丸跡と天守台跡(奥)
別名 石垣山一夜城
城郭構造 梯郭式山城
天守構造 不明
築城主 豊臣秀吉
築城年 天正18年(1590年)
主な改修者 なし
主な城主 豊臣氏
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 石垣、曲輪、堀切、井戸
指定文化財 国の史跡
位置 北緯35度14分7.5秒・東経139度7分40秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
エリアノート GO / AreaNote GO