小机城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.51253139.593852
最大35.51347139.595568
最小35.51157139.592049

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

小机城(こづくえじょう)は、武蔵国橘樹郡小机郷にあった平山城です。
現在の位置では、現在の神奈川県横浜市港北区小机町にあたります。
別名は、飯田城、根古屋城とも呼ばれます。
現在は、小机城址市民の森として城の遺構が整備されています。
本丸、二の丸跡などの主要な部分は残されているが、城の西側は第三京浜道路の建設の際に破壊されています。
また、この城跡の地下には横浜線の城山トンネルが貫通しています。

推定される住所 / Address

神奈川県横浜市港北区小机町745-9
神奈川県横浜市港北区小机町747-9
神奈川県横浜市港北区小机町751-9
神奈川県横浜市港北区小机町752-9
神奈川県横浜市港北区小机町755-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

小机城は、武蔵国橘樹郡小机郷。
現在は小机城址市民の森として、城の遺構が整備されている。
この城が歴史に登場したのは、長尾景春の乱のうち1478年に起きた攻守戦である。
山内上杉家の家宰であった長尾景春が、父の死後に家宰職を相続できなかったことに端を発し、主家に対する反乱を起こした。
このとき景春の味方をした豊嶋氏が小机城に立てこもり、敵方の太田道灌が攻撃をした。
この時、道灌は近くの集落の松の大木の下に腰掛け、「小机はまず手習いの初めにて、いろはにほへとちりぢりとなる」と歌を詠んで味方を鼓舞した。
程なく、鶴見川対岸の亀の甲山に陣をとり、約2か月をかけて落城させたとされる。
道灌が歌を詠んだ松は以後「硯松」と伝えられ、三度の植えなおしを経て現存する。
小机城(神奈川県)
小机城址市民の森
別名 飯田城、根古屋城
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 なし
築城主 上杉氏か
築城年 永享年間(15世紀前半)か
主な改修者 長尾氏、後北条氏
主な城主 上杉氏、長尾氏、笠原氏、後北条氏
廃城年 1478年(文明10年)、1590年(天正18年)
遺構 堀、土塁、土橋、堀切
指定文化財 なし
位置 北緯35度30分44.81秒・東経139度35分37.36秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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