川越城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.92471139.492722
最大35.92544139.494696
最小35.9235139.49079

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

川越城(かわごえじょう)は、埼玉県川越市にあった平山城です。
江戸時代には川越藩の藩庁が置かれていました。
別名は、初雁城、霧隠城とも呼ばれています。
現在は城址の大部分は市街地となっていて、往時の姿を想像する事は難しい状況です。
しかし、本丸御殿の一部(大広間と玄関)が現存しています。

推定される住所 / Address

埼玉県川越市郭町二丁目13-9
埼玉県川越市郭町二丁目24-9
埼玉県川越市郭町二丁目27-9
埼玉県川越市郭町二丁目28-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

川越城は、埼玉県川越市にあった日本の城。
江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。
別名、初雁城、霧隠城。
関東七名城・日本100名城。
通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。
童謡「とおりゃんせ」は城内にあった三芳野神社を舞台にしたものだといわれている。
庶民は気軽に参拝できるものではなく「ご用のないもの通しゃせん」であり、帰りは厳しいチェックが待っていたので「行きはよいよい帰りは怖い」だった。
川越城(埼玉県)
本丸御殿
別名 河越城、初雁城、霧隠城
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 太田道真、道灌父子
築城年 1457年(長禄元年)
主な改修者 大道寺政繁、松平信綱、:松平斉典
主な城主 扇谷上杉氏、後北条氏、酒井氏、堀田氏、越前松平氏、他
廃城年 1869年(明治2年)頃
遺構 堀・土塁・御殿の一部・移築物3棟
指定文化財 埼玉県有形文化財(本丸御殿)埼玉県史跡
位置 北緯35度55分28.25秒・東経139度29分29.41秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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