高見城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.09021139.264519
最大36.0904139.264938
最小36.08979139.264337

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概要 / Summary

高見城(たかみじょう)は、武蔵国比企郡にあった山城です。
埼玉県比企郡小川町高見に位置しています。
別名、四津山城ともいわれる。

推定される住所 / Address

埼玉県比企郡小川町大字高見1048-9
埼玉県比企郡小川町大字高見1037-9
埼玉県比企郡小川町大字高谷428-9
埼玉県比企郡小川町大字高見890-9
埼玉県比企郡小川町大字高見895-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

高見城は、武蔵国比企郡。
四津山城ともいわれる。
山頂部全体を城郭化しており、南北約174m・東西54mに広がる。
北から三ノ郭・ニノ郭・本丸が並ぶ。
本丸は山稜最高部であり、現在は四津山神社が建っている。
北側が搦手口、南側が大手口とみられる。
築城時期は不明。
ただし『青木家家譜』に、治承4年青山城主・青山氏久配下の石井九郎右衛門政綱が居住したとある。
これが城のはじめとみられる。
戦国時代に入ると、長享元年没の増田四郎重富がここに居住したと『新編武蔵風土記稿』にあり、増田氏が城主であったらしい。
その後、山内上杉氏方の属城・鉢形城の支城となっていたとみられ、長享2年の扇谷上杉氏・山内上杉氏が戦った高見ヶ原合戦で、この城は東側の今市台地に陣取った山内上杉方の背後を守る役割を果たしたと考えられる。
また明応3年の第二次高見ヶ原合戦でも、この城は使用されたとみられる。
ただし高見城での戦いの記録は無い。
高見城(埼玉県)
別名 四津山城
城郭構造 山城
築城主 石井政綱
築城年 不明
主な城主 石井氏、増田氏
廃城年 不明
遺構 土塁、掘割
指定文化財 埼玉県指定史跡
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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