山口城 (址)(武蔵国)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.77813139.434807
最大35.77848139.435451
最小35.77804139.434443

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

山口城(やまぐちじょう)は、埼玉県所沢市山口にあった平山城です。
狭山丘陵の標高79から90メートルの南斜面に所在し、南麓部は柳瀬川が流れています。
現在、城郭跡は商業施設及び住宅地・畑地となっています。
所沢市の発掘調査によると、現在の「山口城址前」交差点付近が本丸だったと推測されています。

推定される住所 / Address

埼玉県所沢市大字山口1519-9
埼玉県所沢市大字山口1520-9
埼玉県所沢市大字山口1521-9
埼玉県所沢市大字山口1522-9
埼玉県所沢市大字山口1502-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

山口城は、周防国の山口にあった日本の城跡である。
山口屋形・山口政庁・山口政事堂などとも呼ばれていた。
表門など一部が現存する。
慶長5年以降、萩城が周防・長門国36万石を所領した毛利氏の居城であったが、幕末の変動に伴う有事に備えて、下関や瀬戸内海側への指揮がしやすい拠点として、山口に築城された)。
山口城(山口県)
山口城表門(旧山口藩庁門)
別名 山口屋形、山口政庁、山口政事堂
城郭構造 平城
天守構造 なし
築城主 毛利敬親
築城年 元治元年(1864年)
主な城主 毛利氏
廃城年 明治6年(1873年)
遺構 水堀、表門
指定文化財 旧山口藩庁門(山口県指定有形文化財)
再建造物 なし
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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