高崎城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.32412139.004248
最大36.32423139.004549
最小36.32384139.004066

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

高崎城(たかさきじょう)は、上野国群馬郡にあった平城です。
群馬県高崎市高松町に位置しています。
江戸時代は高崎藩の藩庁でした。
別名は、和田城と言います。
現在、城址は市街化が進み超高層21階の市役所や音楽センターなど公共施設が多くが並んでいます。
お堀の周辺は高崎城址公園となっており、また、城を囲む土塁の上は遊歩道となっています。

推定される住所 / Address

群馬県高崎市宮元町211-9
群馬県高崎市宮元町212-9
群馬県高崎市高松町28-9
群馬県高崎市高松町35-9
群馬県高崎市宮元町17-9

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[36.32412 / 139.004248]付近のツイート

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

高崎城は日本の城。
所在地は上野国群馬郡江戸時代は高崎藩の藩庁となった。
本丸には御三階櫓と乾、艮、巽、坤の4基の隅櫓があった。
現存するのは乾櫓のみである。
本丸を囲むように、西の丸、梅の木郭、榎郭、西曲輪、瓦小屋があり、二の丸、三の丸が梯郭式で構えられていた。
城の周りは土塁で囲まれ、石塁はほとんど造られなかった。
かつて城内には本丸門など16の門があり、通用門として使われていた東門だけが移築復元されて現存している。
また、三の丸土塁と水堀は現在の町並みにも活きており、当時の面影を今に伝えている。
現在城址は市街化が進み、超高層21階の市役所や音楽センターなど公共施設が多く並ぶ。
お堀の周辺は高崎城址公園として、約4.9haが整備されており春には約300本のソメイヨシノやツツジが満開となる。
城を囲む土塁の上は遊歩道になっている。
高崎城(群馬県)
乾櫓
別名 和田城
城郭構造 輪郭梯郭複合式平城
天守構造 御三階櫓(独立式層塔型3重3階、非現存)
築城主 井伊直政
築城年 1597年
主な改修者 安藤重信
主な城主 井伊氏、諏訪氏、松平氏、安藤氏
廃城年 1871年
遺構 乾櫓・東門(移築)、土塁、水堀
指定文化財 群馬県重要文化財(乾櫓)
位置 北緯36度19分26.68秒・東経139度0分15.26秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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