館林城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.24576139.540508
最大36.24616139.542632
最小36.24443139.540057

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概要 / Summary

館林城(たてばやしじょう)は、江戸時代の平城です。
別名は、尾曳城です。
現在、一部の遺構を残っていますが、跡地には市役所、文化会館、市立図書館、向井千秋記念子ども科学館などが建てらています。

推定される住所 / Address

群馬県館林市城町3-9
群馬県館林市城町5-9
群馬県館林市城町4-9
群馬県館林市本町三丁目9-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

館林城は群馬県館林市城町3にある戦国時代から江戸時代の日本の城である。
15世紀に築かれたとされる。
徳川四天王の一人榊原康政が石垣や天守を持つ近代的な城に造り変えた。
現在、一部の遺構を残しているのみで、跡地に市役所、文化会館、市立図書館、向井千秋記念子ども科学館などが建てられている。
歴史・沿革 : 室町時代 : 築城については、江戸時代になって書かれたもののなかに、赤井照光によって築かれたとするものがあり、「狐の尾曳伝説」として知られているが、現在確認されている館林城について書かれた最古の古文書は、文明3年に上杉軍が赤井文六、文三の居城である「立林城」を攻略したという記録である。
「狐の尾曳伝説」とは、赤井照光が子ぎつねを助けたところお稲荷様の化身の白きつねが現れ、尾を曳いて城の配置を教えてくれたというもの。
館林城(群馬県)
本丸跡
別名 尾曳城
城郭構造 梯郭連郭複合式平城
天守構造 なし(三階櫓で代用、非現存)
築城主 伝・赤井照光
築城年 15世紀
主な改修者 榊原康政
主な城主 赤井氏、榊原氏、松平氏、徳川氏ほか
廃城年 1874年
遺構 曲輪、土塁、復元門
指定文化財 なし
位置 北緯36度14分39.25秒・東経139度32分28.8秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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