岩櫃城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.55877138.804359
最大36.55974138.805733
最小36.55833138.803029

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

岩櫃城(いわびつじょう)は、群馬県吾妻郡東吾妻町にあった日本の山城です。
岩櫃山の東側に位置していました。
城址に隣接する場所に東吾妻町営の岩櫃城温泉があり、その施設は天守をモチーフにしたコンクリート造りの建物であるが実際の岩櫃城とは関係ない。

推定される住所 / Address

群馬県吾妻郡東吾妻町大字原町1248-9
群馬県吾妻郡東吾妻町大字原町1249-9
群馬県吾妻郡東吾妻町大字原町1255-9
群馬県吾妻郡東吾妻町大字原町1257-9
群馬県吾妻郡東吾妻町大字原町1259-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 立石 0.5
2 唐沢 1.0
3 原町発電所前 1.0
4 上の宮 1.1
5 橋詰 1.1

[36.55877 / 138.804359]付近のツイート

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  • 5km圏内
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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

岩櫃城は、現在の群馬県吾妻郡東吾妻町にあった日本の城。
岩櫃山の東側に位置した。
また、西は岩櫃山、南は吾妻川へ下る急斜面、北は岩山で天然の要害となっている。
尾根の西から本丸・二ノ丸・中城などが続き、北東に出丸の「天狗丸」がある。
その更に北東には支城・柳沢城が位置している。
北方の盆地には、東の吾妻街道から渓谷沿いの隘路でのみ繋がる平沢地区があり、岩櫃城は天狗丸・柳沢城とともにこの盆地を守る位置関係を構成している。
平沢地区には根小屋があったとみられている。
築城年および築城主は不詳。
この地を鎌倉時代に治めた吾妻太郎助亮によって築城されたと伝わるが、伝説の域を出ない。
後に助亮系の吾妻氏は姿を消し、下川辺氏末裔とされる吾妻氏がこの地を支配したが、南北朝時代に南朝方の攻撃で当主行盛が戦死、その子・千王丸は秋間斎藤氏の斎藤梢基に庇護され、山内上杉氏の偏諱を受け斎藤憲行と名乗った。
この憲行に始まる秋間斎藤氏6代の時代に、岩櫃城は築かれたとみられる。
また『加沢記』では、応永12年に越前国大野郡にあった斎藤基国の子・斎藤憲行がこの地に入部して築城したとされる。
岩櫃城(群馬県)
岩櫃城の堀切
城郭構造 山城
天守構造 不明
築城主 斉藤氏
築城年 15世紀
主な城主 真田幸隆、真田昌幸
遺構 曲輪、土塁、竪堀、空堀、虎口
指定文化財 なし
位置 北緯36度33分33.1秒・東経138度48分17.3秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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