小泉城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.26132139.413993
最大36.2622139.415002
最小36.26066139.413264

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

小泉城(こいずみじょう)は現在の群馬県邑楽郡大泉町にあった平城です。
別名を富岡城と言います。
現在は、内堀の全部と外堀の一部および土塁のみが残っており城跡は城之内公園として整備させています。

推定される住所 / Address

群馬県邑楽郡大泉町城之内二丁目24-9
群馬県邑楽郡大泉町城之内二丁目21-9
群馬県邑楽郡大泉町城之内二丁目22-9
群馬県邑楽郡大泉町城之内一丁目16-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

小泉城は現在の群馬県邑楽郡大泉町にあった日本の城。
築城は、延徳元年。
現在では城跡(内堀の全部と外堀の一部および土塁)のみが残っており、公園として整備されている。
その後、富岡一族は古河公方や上杉謙信、後北条氏などの勢力下で活躍し、富岡氏から小泉氏が分かれる。
しかし、天正18年、豊臣秀吉の関東攻めの際、家臣浅野長政らに攻められて落城し、廃城になった。
なお、残っている外堀と内堀の間には「庚申」と彫られた楕円形の石柱を数十以上見ることができるが、これは庚申信仰が盛んだった江戸時代のものと考えられている。
現在では、残っている内堀、外堀ともに、堀はすべて護岸工事され、また、城跡の一部では古墳が復元されている。
「庚申」と彫られた楕円形の石柱が多数存在するのは、忠霊塔の西側である。
内堀の東側には公園が配置されており、城の内公園と呼ばれている。
小泉城(群馬県)
内堀
別名 富岡城
城郭構造 平城
天守構造 建造されず
築城主 富岡主税介直光
築城年 延徳元年(1489年)
主な改修者  
主な城主 富岡氏
廃城年 不明
遺構 土塁、堀
指定文化財 なし
位置 北緯36度15分40.98秒・東経139度24分50.37秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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