高津戸城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.43827139.281217
最大36.43893139.281921
最小36.43791139.280419

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

高津戸城(たかつどじょう)は群馬県みどり市高津戸地区にあった山城です。
高津戸渓谷東岸の崖上に築かれていました。
本丸は要害山の山頂にあり、現在は本丸跡に要害神社が建っています。

推定される住所 / Address

群馬県みどり市大間々町高津戸1090-9
群馬県みどり市大間々町大間々1259-9
群馬県みどり市大間々町大間々1306-9
群馬県みどり市大間々町大間々2245-9
群馬県みどり市大間々町大間々1307-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

高津戸城は群馬県みどり市高津戸地区にあった日本の城である。
高津戸渓谷東岸の崖上に築かれた城。
本丸は要害山の山頂にあり今では本丸跡に要害神社がある。
この後に入ったのは里見氏である。
里見家の七代、義連の三男氏連が国綱の娘を正室に迎え、その縁で建徳2年に仁田山八郷を国綱からまかされたのである。
なお仁田山城は山田氏の旧居城である。
仁田山里見氏が支配していた高津戸城であったが、氏連より四代後の宗連が越後の上杉謙信に攻められ自刃して果てた。
天正2年9月のことである。
高津戸城(群馬県)
城郭構造 山城
築城主 山田筑後守則之
築城年 承徳・康和年間
主な城主 山田氏など
遺構 堀切、竪堀、井戸、土塁
指定文化財 みどり市指定史跡
位置 北緯36度26分18秒・東経139度16分53秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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