飛山城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

タグ / Tags

緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.5554139.966249
最大36.55826139.968824
最小36.55302139.964275

他のエリアノート

エリアログ(新着順) / AreaLog(sort by new arrival)

# Title Date
- ログは0件です。ログを残してください。
Log is 0. Please write the log.
-

エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

飛山城(とびやまじょう)は、下野国にあった中世の平山城です。
栃木県宇都宮市竹下町に位置していました。
現在は、国の史跡に指定にしていされら史跡公園としての整備が行われています。
公園内には、土塁や堀、木橋、兵士の詰所と思われる掘立柱建物などが復元されています。

推定される住所 / Address

栃木県宇都宮市竹下町405-9
栃木県宇都宮市竹下町429-9
栃木県宇都宮市道場宿町1016-9
栃木県宇都宮市竹下町302-9
栃木県宇都宮市竹下町325-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

[36.5554 / 139.966249]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

飛山城は、下野国にあった中世の日本の城である。
宇都宮氏の家臣・芳賀氏の居城であった。
芳賀氏は飛山城に居する間は清原氏を名乗ったと言われており、この清原姓が後の現宇都宮市東部の地名『清原』となったと考えられているが、不詳である。
芳賀氏は上野国・越後国の守護代に任じられるなど隆盛したが、戦国時代になると芳賀氏や飛山城も関東平野の覇権争いに例外なく巻き込まれた。
弘治3年には宇都宮氏や芳賀氏を支援した常陸国の佐竹義昭による宇都宮城奪回作戦の最前線基地となっている。
天正18年、関東に台頭していた後北条氏を滅亡させた豊臣秀吉は宇都宮城に入城し関東の支配体制を決定する宇都宮仕置を行う。
そこで秀吉は宇都宮氏18万5千石の所領安堵を裁決した一方で、「佐竹・宇都宮ならびに家来のものども、多賀谷・水谷」に対して「いらざる城は破却せよ」との命令を発している。
そのため、飛山城も「城破り」の対象として破却され廃城となった。
飛山城(栃木県)
飛山城大手口木橋
別名
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 芳賀高俊
築城年 鎌倉時代末期
主な城主 芳賀氏(清原氏)
廃城年 1590年(天正18年)以降
遺構 土塁、空堀
指定文化財 史跡(城跡)
位置 北緯36度33分20.1秒・東経139度57分57.6秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
エリアノート GO / AreaNote GO