多功城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

タグ / Tags

緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.43097139.874327
最大36.4319139.875848
最小36.43007139.87293

他のエリアノート

エリアログ(新着順) / AreaLog(sort by new arrival)

# Title Date
- ログは0件です。ログを残してください。
Log is 0. Please write the log.
-

エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

多功城(たこうじょう)は、下野国にあった平山城です。
現在の栃木県河内郡上三川町に位置しています。
現在、土塁や堀跡は残っているが整備などはされていません。

推定される住所 / Address

栃木県河内郡上三川町大字多功1554-9
栃木県河内郡上三川町大字多功1533-9
栃木県河内郡上三川町大字多功1538-9
栃木県河内郡上三川町大字多功1450-9
栃木県河内郡上三川町大字多功1537-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 宿多功 0.1
2 本町公民館 0.3
3 西町・西浦 0.4

[36.43097 / 139.874327]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

多功城は、下野国にあった中世の日本の城である。
宇都宮氏の一門・多功氏の居城であった。
歴史・沿革 : 多功城は鎌倉時代後期にあたる宝治2年に、宇都宮頼綱の七男多功宗朝によって築かれたといわれている。
小山、薬師寺から宇都宮に通じる要路にあり、多功氏と同じく宇都宮氏一門の横田氏の横田城と並び、宇都宮城の防衛に大きな役割を果たした。
多功城(栃木県)
別名
城郭構造 平山城
築城主 多功宗朝
築城年 宝治2年(1248年)
主な城主 多功長朝多功房朝多功綱継
廃城年 慶長2年 (1597年)
遺構 土塁、二重堀
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
エリアノート GO / AreaNote GO