松ヶ嶺城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.82885139.904966
最大36.83131139.909043
最小36.82536139.903293

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

松ヶ嶺城(まつがねじょう、まつがみねじょう)は、栃木県矢板市大字上太田小字古城にあった山城です。
別名は松小屋城または上太田城と言われてます。
現在、城郭遺構は一部を除いてほぼ完全に残っているが当地が城跡であることを知る人は地元でも少ない。

推定される住所 / Address

栃木県矢板市長井952-9
栃木県矢板市長井1972-9
栃木県矢板市長井1982-9
栃木県矢板市長井2001-9
栃木県矢板市上太田260-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 上長井 0.7
2 川久保 0.7
3 市営住宅前 0.9

[36.82885 / 139.904966]付近のツイート

  • 500m圏内
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  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

松ヶ嶺城。
岡本氏の居城。
15世紀末期の築城、慶長2年廃城。
城下町の名をとり松小屋城、あるいは上太田城などとも呼ばれる。
一方、文明10年正月18日、宇都宮正綱の四男弥五郎が養子として塩谷氏に入った際、付家老として岡本重親が塩谷の地にやってきて居城として築かれるともいう。
具体的な年代は不明であり、塩谷の地に入ってすぐに築かれたとは考え難いが、文明10年以降の15世紀末期の内に築かれたものと考えられている。
重親、正重、正親と3代経て、松ヶ嶺城が戦場となることは一度もなかったが、2代正重、また、正親が一時塩谷家を追放されていた天正13年3月25日には、正親の弟氏宗が那須氏との戦いで討死するなど、城主には不遇が多かった。
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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