山田城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

タグ / Tags

緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.18913140.021803
最大36.19047140.022855
最小36.18818140.020881

他のエリアノート

エリアログ(新着順) / AreaLog(sort by new arrival)

# Title Date
- ログは0件です。ログを残してください。
Log is 0. Please write the log.
-

エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

山田城(やまだじょう)は、栃木県矢板市大字山田小字城山にある山城です。
根小屋城、根古屋城とも呼ばれていました。
現在、遺構は一部破壊されいるが主郭周囲を中心にほぼ良好に残されいます。

推定される住所 / Address

茨城県つくば市寺具1332-9
茨城県つくば市寺具1304-9
茨城県つくば市寺具1355-9
茨城県下妻市高道祖1353-9
茨城県下妻市高道祖1352-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 西原 0.3
2 寺具西 0.5
3 高道祖十字路 0.7

[36.18913 / 140.021803]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

山田城は、栃木県矢板市大字山田小字城山にある日本の城城とも呼ばれる。
ただし山田八郎の一族は文明・長享より前の応永年間に活動記録が見える。
山田八郎兼利説築城説によると、兼利が築城した山田城は、その子孫の山田八郎家が代々城主となったという。
応永10年8月には、山田八郎家が、中禅寺に法華経を寄贈するなど、山田八郎家は、塩谷氏の重臣として山田城を中心に繁栄した。
その山田氏の主君である塩谷氏が、文明10年正月18日に宇都宮氏より孝綱を養子に迎えると、その付家老としてやってきた山田筑後守泰業が城主となった。
山田城(栃木県)
北側より山田城を望む
別名 根小屋城、根古屋城
城郭構造 山城
築城主 山田八郎兼利
築城年 平安末期
主な城主 山田八郎家
廃城年 天正13年3月25日(1585年4月24日)
遺構 堀切
位置 北緯36度81分21.16秒・東経140度14分29.85秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
エリアノート GO / AreaNote GO