本佐倉城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.72825140.259104
最大35.72855140.259404
最小35.72804140.25876

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

本佐倉城(もとさくらじょう)は、千葉県印旛郡酒々井町本佐倉と佐倉市大佐倉にまたがる将門山に築かれた平山城です。
別称は将門山城と言います。
現在は城の土塁や空堀などの遺構がほぼ完全な姿で遺存しており、本佐倉城跡として国の史跡に指定されています。

推定される住所 / Address

千葉県印旛郡酒々井町本佐倉618-9
千葉県印旛郡酒々井町本佐倉667-9
千葉県印旛郡酒々井町本佐倉668-9
千葉県印旛郡酒々井町本佐倉669-9
千葉県印旛郡酒々井町本佐倉670-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 山道 0.7
2 本佐倉 0.7
3 中央保育園 0.7

[35.72825 / 140.259104]付近のツイート

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

本佐倉城は、千葉県印旛郡酒々井町本佐倉と佐倉市大佐倉にまたがる将門山に築かれた千葉氏後期の本拠地となった日本の城。
文明年間の築城で、国の史跡に指定されている。
また太田道灌も実胤・自胤を支援し江戸城を築城するなどした。
だが、馬加康胤の子。
その後、9代にわたって戦国大名千葉氏宗家の本拠地となったが、天正18年、千葉氏が小田原征伐後に改易されると、徳川氏に接収されて一旦は破却され、代わりに城下に陣屋が設置された。
慶長7年12月に5万石で松平忠輝が封じられるが、ひと月余後の慶長8年2月、信濃国川中島に移封された。
慶長15年、軍事上の必要から同地に封じられた小笠原吉次、土井利勝が再び本佐倉城に入って佐倉藩の藩庁が置かれた。
本佐倉城(千葉県)
本佐倉城遠景
別名 将門山城
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 なし
築城主 千葉輔胤
築城年 文明年間か
主な改修者 千葉氏、後北条氏
主な城主 千葉氏、小笠原吉次、土井利勝
廃城年 元和元年(1615年)
遺構 空堀、土塁、虎口、郭、
指定文化財 国の史跡
位置 北緯35度43分39.13秒・東経140度15分32.43秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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