小金城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.83187139.920323
最大35.83257139.921317
最小35.83128139.919665

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概要 / Summary

小金城(こがねじょう)は下総国葛飾郡にあった平山城です。
現在の千葉県松戸市大谷口付近に位置しています。
別名は、大谷口城、開花城とも呼ばれています。
現在、ほぼ全域が住宅街となっていますが、城跡の一部が大谷口歴史公園として整備されており畝堀や障子堀、土塁などの遺構が残っています。

推定される住所 / Address

千葉県松戸市大谷口425-9
千葉県松戸市大谷口383-9
千葉県松戸市大谷口356-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

小金城は下総国葛飾郡にあった日本の城である。
城域は東西800m、南北700mにおよび、12もの郭を備えて、当時の下総国北西部においては最大規模を誇った平山城である。
大谷口城、開花城、とも呼ばれる。
金杉口土塁 要害の城であったが、太日川の要でもあったため、水運により城下は市が立ち並んで金宿が形成され、周辺の本土寺や東漸寺が領主高城氏の保護を受けて栄えるなど、軍事的にも経済的にも栄えた場所であった。
城の歴史 : 千葉氏の家老原氏の重臣であった高城氏の居城である。
原氏が室町時代の享徳の乱で上杉氏と対立関係に入った時期に、上杉勢力の下総侵攻を防ぐ拠点とするために重臣の高城氏を小金に配置したものと考えられている。
小金城は、天文6年9月に高城胤吉によって築かれ、高城氏は根木内城より居城を移して、胤吉、胤辰、胤則と3代53年の居城となった。
胤吉は城建設以前には近郊の栗ケ沢城、根木内城を根拠地として構えていたが、小弓公方足利義明の進出に対抗するために大谷口に新城を築城して移った。
小金城(千葉県)
障子堀
別名 大谷口城、開花城
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 高城胤吉
築城年 天文6年(1537年)
主な改修者 高城胤辰、後北条氏?
主な城主 高城氏、武田信吉
廃城年 文禄2年(1593年)
遺構 空堀、土塁、切岸、郭
指定文化財 なし
位置 北緯35度49分55.0秒・東経139度55分13.07秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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