三春城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本37.44195140.496469
最大37.4428140.497713
最小37.4412140.494838

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

三春城(みはるじょう)は、陸奥国田村郡にあった平山城です。
現在の福島県田村郡三春町に位置しています。
三春藩の藩庁でした。
別名は舞鶴城とも言います。
現在は公園として整備され桜の名所としても知られています。

推定される住所 / Address

福島県田村郡三春町字大町164-9
福島県田村郡三春町字南町45-9
福島県田村郡三春町字南町54-9
福島県田村郡三春町字南町55-9
福島県田村郡三春町字南町61-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 保健センター 0.3
2 山中 0.3
3 南町 0.3

[37.44195 / 140.496469]付近のツイート

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  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

三春城は、陸奥国田村郡にあった日本の城。
別名舞鶴城。
三春藩の藩庁であった。
現在は公園として整備され、桜の名所としても知られている。
城跡近くには、町役場など公共機関が集まっており、現在も三春町の中枢部である地域である。
歴史・沿革 : 室町時代・安土桃山時代 : 田村氏時代1 : 三春城がいつ頃築城されたのかはわからない。
史料上はっきりしていることは、永正年間に田村義顕が守山城より三春城に本拠を移したという。
田村氏は田村郡全域を支配していた豪族で、系図上は坂上田村麻呂の子孫となっているがその点は疑問符が付く。
田村氏は義顕の後、田村隆顕、田村清顕と続く。
隆顕と清顕の時代、田村郡のある仙道地域は、会津黒川城の蘆名氏、小高城の相馬氏、岩城郡の岩城氏、出羽米沢城の伊達氏、常陸の佐竹氏などの周辺各地の有力豪族がその勢力拡大のため進出してきていた。
それらの豪族より力の劣る田村氏は、各有力豪族と血縁関係を結び、それら豪族の利害関係を利用して、領地を保つ状況であった。
例えば、永禄元年の蘆名盛氏の仙道侵攻に対しては、隆顕は自分の正室の実家・伊達氏を後盾にこれに対抗し、また、天正元年の佐竹氏の仙道進出には、一転蘆名氏と連合を組んでこれを撃退している。
しかし、翌年に蘆名氏と佐竹氏の同盟が成立、さらに同じ仙道地域の小豪族である二本松城の二本松義継や小浜城の大内定綱らもそれに呼応して反田村氏となったため、田村氏は四方を敵に囲まれることとなった。
三春城(福島県)
別名 舞鶴城
城郭構造 山城、平山城
天守構造 なし
主な改修者 松下長綱
主な城主 田村氏、松下氏、加藤氏、秋田氏
廃城年 明治4年(1871年)
遺構 なし
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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