棚倉城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本37.02976140.385567
最大37.03075140.386691
最小37.02884140.384717

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概要 / Summary

棚倉城(たなぐらじょう)は、福島県東白川郡棚倉町にあった平城です。
別名は亀ケ城とも言います。
棚倉藩の藩庁が置かれていました。
本丸および水掘が亀ヶ城公園として整備されており、本丸の堀、土塁が綺麗に残存しています。
二の丸の堀は消失しているが、二の丸西側の濠沿いの石垣が棚倉中学校グラウンド脇に現存してる。

推定される住所 / Address

福島県東白川郡棚倉町棚倉字城跡26-9
福島県東白川郡棚倉町棚倉字城跡12-9
福島県東白川郡棚倉町棚倉字城跡55-9
福島県東白川郡棚倉町棚倉字城跡57-9
福島県東白川郡棚倉町棚倉字城跡81-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

棚倉城は、福島県東白川郡棚倉町にある日本の城。
別名、亀ケ城。
寛永2年に丹羽長重によって築城された。
棚倉藩の藩庁が置かれた。
長重は寛永4年に白河藩に移封され、諸大名の転封を繰り返した後、最終的には慶応2年に阿部正静が6万石で入封した。
棚倉藩は奥羽越列藩同盟に加盟したため、慶応4年に勃発した戊辰戦争で板垣退助の率いる官軍800名の攻撃を受け6月24日にわずか1日で落城した。
異名の亀ヶ城は、濠に大亀が棲んでおり、浮かび上がって姿を見せると決まって殿様が転封になるという言い伝えによるという。
棚倉城(福島県)
本丸(右)と水濠
別名 亀ケ城
城郭構造 梯郭輪郭複合式平城
天守構造 建造されず
築城主 丹羽長重
築城年 寛永2年(1625年)
主な城主 丹羽氏、内藤氏、阿部氏ほか
廃城年 慶応4年(1868年)
遺構 土塁、堀、移築現存門
指定文化財 なし
位置 北緯37度1分46.89秒・東経140度23分8.29秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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