梁川城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本37.85509140.611808
最大37.85656140.615902
最小37.85283140.610065

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概要 / Summary

梁川城(やながわじょう)は、福島県伊達市梁川町鶴ヶ岡にあった平山城です。
別名は鶴ヶ城と言います。
福島県の史跡に指定されています。
現在、梁川城趾には本丸跡に平成27年3月まで梁川小学校がありました。
本丸を北・東・南に取り囲む二の丸のうち、東二の丸跡に浅間神社と伊達市立梁川幼稚園と伊達市立梁川中学校があります。
南二の丸跡には、福島県立梁川高等学校があります。

推定される住所 / Address

福島県伊達市梁川町字鶴ケ岡12-9
福島県伊達市梁川町字鶴ケ岡21-9
福島県伊達市梁川町字鶴ケ岡25-9
福島県伊達市梁川町字鶴ケ岡26-9
福島県伊達市梁川町字鶴ケ岡28-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

梁川城は、福島県伊達市梁川町鶴ヶ岡にあった日本の城。
鶴ヶ城と呼ばれることもあるが、現在ではこの呼称はほとんど知られていない。
梁川中心市街地の東側にある茶臼山から西北西方向に張り出した高台の上に築かれており、城下町である平地との標高差は10数メートルになる。
梁川城の北側には曲輪や堀が築かれ、西側は段丘の急斜面、南側は広瀬川と広瀬川の浸食によって作られた断崖、そして東には金沢堀と茶臼山という天然の要害となっている。
梁川城(福島県)
梁川城本丸跡にある伊達市立梁川小学校の校庭に復元された中世庭園「心字の池」。中央奥の石垣は、本丸の物見櫓跡。発掘調査では、この小学校校庭の場所に本丸館があった。
別名 鶴ヶ城
城郭構造 平山城
天守構造 建造されず
築城主 伊達氏
築城年 応永33年(1426年)以前(13世紀と推測)
主な改修者 須田長義
主な城主 伊達氏、蒲生氏、上杉氏
廃城年 寛文4年(1664年)
遺構 石垣、復元庭園、土塁、堀
指定文化財 福島県指定史跡
位置 北緯37度51分18.68秒・東経140度36分40.72秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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