大森城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本37.72523140.432983
最大37.72575140.433898
最小37.72456140.432396

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

大森城(おおもりじょう)は福島県福島市南部にあった山城です。
別名は臥牛城、白鳥城、鷹峰城とも呼ばれます。
現在は、展望台が設置されるなど城山公園として整備されています。
また、福島県の桜の名所ともなっています。

推定される住所 / Address

福島県福島市大森字椿舘1-9
福島県福島市大森字椿舘5-9
福島県福島市大森字椿舘6-9
福島県福島市大森字椿舘26-9
福島県福島市大森字北御手12-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

大森城は福島県福島市南部にあった戦国時代の日本の城。
別名臥牛城と呼ばれている。
JR南福島駅より西方約5km。
最高地点は147メートル、比高差60メートルでそれほど高くはない。
現在は、北端に櫓の形をした展望台が設置されるなど城山公園として整備され、春には福島有数の桜の名所として、多くの人が花見に訪れている。
歴史・沿革 : 大森城がいつ頃から存在するのかはよくわからない。
ただ、城跡近辺には鎌倉時代から室町時代初期にかけての板碑が数多く残されており、この一帯が有力国人の拠点だったことは想像に難くない。
鎌倉から室町初期にかけてこの一帯を支配していたのは二階堂氏と言われている。
史料から大森城の存在が明らかになるのは戦国時代からで、伊達稙宗の三男・伊達実元が城主となっている。
伊達氏の内紛である天文の乱の際、実元は稙宗方につき、大森城は稙宗方の重要拠点の一つとなった。
しかし、天文17年に乱が終息し、稙宗の隠居と実元の兄・晴宗の家督相続が決まった。
兄が桑折西山城から出羽米沢城へ移った後、兄と和解した実元は大森城主にとどまり、信夫郡南部の支配権を与えられた。
その後、天正12年に実元は大森城を嫡男・成実へ譲り、自身は八丁目城に隠居した。
成実は伊達政宗の片腕として活躍し、天正14年に政宗が二本松城を落城させると、成実に二本松城を与え、大森城は片倉景綱に与えた。
この時期の大森城は、政宗による仙道地方進出や相馬氏との戦いの際に中継拠点として用いられ、伊達氏の南奥制覇に非常に大きな役割を果たしている。
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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