鉈尾山城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.55897136.932054
最大35.55939136.932864
最小35.55828136.931019

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概要 / Summary

鉈尾山城(なたおやまじょう)は、戦国時代の美濃国武儀郡上有知にあった山城です。
現在の岐阜県美濃市に位置しています。
別名は上有知城、藤城と言います。
遺構としては石垣・土塁が残っています。
現在は保寧寺跡、古町、古城跡、金屋街道、小者町等の小字名が残っています。

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

鉈尾山城は、戦国時代の美濃国武儀郡上有知に存在した日本の城。
別名、上有知城。
古城山は、古名の七尾山が鉈尾山となり、別名を築城者の美濃佐藤氏にちなんで、藤白山、藤城山などと言われていた。
歴史 : 平安時代、有知郷は上有知郷と下有知郷に分割され、上有知郷は藤原氏の荘園領となり上有知荘と称され、美濃源氏の一族である山県氏が上有知蔵人として代官を勤めた。
鎌倉時代に起きた承久の乱の後、上有知を支配したのは常陸国から来た佐竹氏で、室町時代に入って、美濃国守護職土岐氏の一族である浅野氏が支配した。
鉈尾山城(岐阜県)
別名 上有知城、藤城
城郭構造 山城
築城主 佐藤宗信
築城年 応仁年間(1467年頃)
主な改修者 佐藤清信
廃城年 慶長10年(1605年)
遺構 石垣・土塁
位置 北緯35度33分31.09秒・東経136度55分54.2秒
最終更新:2017年5月29日(月)17:29 wikipedia
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