栗橋城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.11045139.729825
最大36.11087139.73043
最小36.10869139.72837

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# Title Date
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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

栗橋城(くりはしじょう)は、下総国葛飾郡にあった古河公方ゆかりの平城です。
現在、東部の遺構が比較的状態がよく堀跡が現存しています。
また、法宣寺南側の民家周辺にも堀跡が残っています。

推定される住所 / Address

茨城県猿島郡五霞町大字元栗橋185-9
茨城県猿島郡五霞町大字元栗橋204-9
茨城県猿島郡五霞町大字元栗橋331-9
茨城県猿島郡五霞町大字元栗橋7340-9
茨城県猿島郡五霞町大字元栗橋7331-9

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 船渡橋 0.8
2 外国附間交差点 1.2
3 浮戸 1.4

[36.11045 / 139.729825]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

栗橋城は、下総国葛飾郡にあった古河公方ゆかりの日本の城。
現在は茨城県猿島郡五霞町元栗橋地内、法宣寺の西から南西に位置する。
野田氏は鎌倉公方奉公衆かつ古河城の城主だったが、享徳4年、第5代鎌倉公方・足利成氏が古河城に移座した後、自身は栗橋城に移って、古河公方となった成氏を支え続けた。
しかし永禄年間、城主が野田景範のときに後北条氏により城は接収され、北条氏照の北関東攻略の拠点となっている。
栗橋城は古河公方の古河城、および公方重臣・簗田氏の関宿城・水海城と同様に河川沿いに立地しており、奥大道とも接続した水陸交通の要衝だった。
栗橋城(茨城県)
城郭構造 平城
天守構造 なし
築城主 不詳
築城年 不詳
主な城主 野田弘朝、野田景範、北条氏照
廃城年 1590年
遺構 空堀、土塁、郭、土橋?
指定文化財 なし
位置 北緯36度06分36.53秒・東経139度43分45.89秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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