東林寺城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.95897140.121777
最大35.96008140.123191
最小35.95838140.120659

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概要 / Summary

東林寺城(とうりんじじょう)は茨城県牛久市新地町にあった平城です。
別名は新地城と言います。
現在は一郭の大部分が失われていますが、二郭から四郭までの遺構が良く残っています。

推定される住所 / Address

茨城県牛久市新地町165-9
茨城県牛久市新地町184-9
茨城県牛久市新地町185-9
茨城県牛久市新地町189-9
茨城県牛久市新地町191-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

東林寺城は茨城県牛久市新地町にあった日本の城。
城の地積は大きく、南北150m、東西70mの規模を有する。
同じく大規模な城郭である牛久城とは指呼の距離であり、また、牛久在番衆の一翼を担った井田氏の坂田城と構造が酷似していることから、牛久在番との関連を指摘する向きもある。
歴史・沿革 : 永禄年間、岡見氏により築城されたものと考えられている。
1566年がある。
ここに、東林寺城の城主が近藤治部であったことが書かれている。
天正10年代の岡見氏本知行等覚書写には、城主が岡見治広の城と書かれている。
結城氏家来の野口豊前は、東林寺城攻めを書きとめている。
その後の東林寺城については詳らかではないが、小田原征伐の際に廃城になったものと考えられる。
構造 : 牛久沼に向かって延びる半島状台地先端に占地し、先端部の一郭から四郭まで四つの郭を重ねる。
各郭の間には土塁及び空堀が設けられ、土塁は横矢掛りを備え、二郭及び三郭の虎口は前面に馬出しが設けられていた。
外郭の四郭にも土塁及び空堀が存在するが、他郭のものと比べて著しく規模が小さい。
東林寺城(茨城県)
遠景
別名 新地城
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 岡見氏
築城年 永禄年間(1558年~1570年)か
主な城主 岡見氏、近藤治部
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 空堀、土塁
指定文化財 なし
位置 北緯35度57分34.02秒・東経140度7分17.48秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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