山形城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本38.25474140.328237
最大38.25817140.333819
最小38.25223140.324807

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# Title Date
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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

山形城(やまがたじょう)は、山形県山形市霞城町にあった平城です。
別称は、霞城(かじょう)、霞ヶ城(かすみがじょう)、吉字城と呼ばれます。
国の史跡に指定され日本100名城に選定されています。
現在、城跡は霞城公園として整備されていて山形県立博物館、山形市郷土館(旧済生館病院本館)、県体育館、野球場などの文化・スポーツ施設が建っています。

推定される住所 / Address

山形県山形市霞城町1-10
山形県山形市桜町8-10
山形県山形市城南町二丁目4-10
山形県山形市城南町二丁目5-10
山形県山形市桜町6-10

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 霞城公園前 0.5
2 篠田病院前 0.5
3 城南町 0.5

[38.25474 / 140.328237]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

山形城は、山形県山形市霞城町にあった日本の城。
別名は霞城、霞ヶ城と呼ばれる。
また、吉字城とも呼ばれた。
江戸時代には山形藩の政庁が置かれた。
現在は、そのほとんどが失われ、二の丸跡が霞城公園として残されている。
建造物では、大手南門が、市内の万松寺山門として移築され現存する。
また、市内八日町宝光院の本堂は、御殿の建物を移築したものといわれている。
山形市は、2033年をめどに本丸全体の発掘調査を完了させるとともに、本丸北枡形の復元を完了することを計画している。
山形城(山形県)
二の丸東大手門(復元)
別名 霞城、霞ヶ城、吉字城
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 なし(御三階櫓)
築城主 斯波兼頼
築城年 1356年(南朝:正平11年、北朝:延文元年)
主な改修者 最上義光、鳥居忠政
主な城主 最上氏、鳥居氏、堀田氏秋元氏他
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 石垣、堀、移築門、移築御殿
指定文化財 国の史跡
再建造物 二の丸東大手門、大手橋
位置 北緯38度15分12.84秒・東経140度19分44.56秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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