深沢城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.32304138.955207
最大35.32353138.956151
最小35.32241138.954606

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# Title Date
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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

深沢城(ふかさわじょう)は静岡県御殿場市にあった平城です。
静岡県の遺跡に指定されています。
遺構としては曲輪、空堀、丸馬出、三日月堀、土橋、移築門などが残っています。

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 宮沢橋 0.1
2 城入口 0.3
3 蓮花寺 0.5
4 下宿 0.8
5 火の見前 1.0

[35.32304 / 138.955207]付近のツイート

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

深沢城は静岡県御殿場市にかつて存在した日本の城。
一部の遺構は現存する。
また、深沢城攻めにおいては甲斐国内の黒川金山の金山衆を動員した破壊工作が大きな成果をあげ、のちに金山衆へは各種税の免除といった報酬が与えられた。
武田信玄による再征服後は改修され、天正10年3月まで武田方の城として利用された。
年未詳10月27日には城主と考えられている駒井昌直が「居城」である深沢城の防備と、後北条方の足柄城の様子を伺うことを命じられている。
年代は元亀2年もしくは天正7年・翌8年に推定されており、昌直のほか駒井宮内大輔、内山城代・小山田虎満の子である小山田大学助も在城している。
小山田大学助は天正10年3月の織田・徳川連合軍の武田領侵攻に際して信濃高遠城へ写っている。
深沢城は武田氏が滅亡すると深沢城に火をかけて、昌直らは退去した。
深沢城(静岡県)
築城主 今川氏
築城年 16世紀初頭
主な改修者 武田信玄
遺構 丸馬出、三日月堀など
指定文化財 静岡県の史跡 (1960)
最終更新:2017年6月11日(日)16:03 wikipedia
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