新庄城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

タグ / Tags

緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本38.76675140.293173
最大38.76834140.294895
最小38.76566140.29232

他のエリアノート

エリアログ(新着順) / AreaLog(sort by new arrival)

# Title Date
- ログは0件です。ログを残してください。
Log is 0. Please write the log.
-

エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

新庄城(しんじょうじょう)は、山形県新庄市堀端町にあった平城です。
別名は沼田城、鵜沼城と言います。
新庄市の史跡に指定されています。
現在、城跡は最上公園となっています。
また本丸跡に戸澤神社、護国神社、稲荷神社、天満神社があります。

推定される住所 / Address

山形県新庄市堀端町6-10
山形県新庄市堀端町7-10
山形県新庄市城南町6-10
山形県新庄市堀端町2-10
山形県新庄市城西町1-10

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

[38.76675 / 140.293173]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

新庄城は、山形県新庄市堀端町にあった日本の城である。
別名沼田城、鵜沼城と呼ばれる。
新庄市指定史跡。
本丸の南側に出丸のように小さな二の丸が並列状に配置され、その外側を三の丸が囲む形である。
本丸及び二の丸、三の丸の堀の水は城の北を流れる差指野川から引かれた。
三の丸堀の反対側に当たる現在の堀端町は、家老などが住む侍屋敷があった。
最上氏改易後に入封した戸沢政盛は当初真室城に入城したが、手狭であることと、山城のための不便さから幕府に願い出て、当地に築城した。
なお、縄張は同一時期に山形城に入封した鳥居忠政によるものである。
1636年に、火災によって天守が焼失したが再建されなかった。

新庄城(山形県)
石垣
別名 沼田城、鵜沼城
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 不明
築城主 戸沢政盛
築城年 1625年(寛永2年)
主な改修者 戸沢政盛
主な城主 戸沢氏
廃城年 1868年(明治元年)
遺構 土塁、堀、本丸門石垣、本丸櫓台石垣
指定文化財 新庄市史跡
位置 北緯38度46分1.27秒・東経140度17分36.61秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
エリアノート GO / AreaNote GO