楯岡城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本38.48584140.396004
最大38.48662140.397205
最小38.48517140.395274

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

楯岡城(たておかじょう)は、山形県村山市楯岡楯にあった山城です。
現在、遺構としては山の頂上部とその周辺に郭が存在し南側斜面に石垣が残っています。
また、東沢公園の一部として遊歩道などが整備されています。

推定される住所 / Address

山形県村山市楯岡楯11-10
山形県村山市楯岡楯10-10
山形県村山市楯岡楯9-10
山形県村山市楯岡鶴ケ町二丁目5-10
山形県村山市楯岡楯18-10

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 楯岡中学校前 0.5
2 二日町 0.5
3 名取街道 0.5

[38.48584 / 140.396004]付近のツイート

  • 500m圏内
  • 1km圏内
  • 5km圏内
  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

楯岡城は、山形県村山市楯岡楯にあった日本の城。
弘長元年に本城氏が入り、応永十三年に最上満直の四男、楯岡満国が入った。
のちに最上義光の弟楯岡光直が城主となるが、光直は義光の死後最上家家臣と跡目相続で対立し、それが原因で元和8年に最上氏は改易となり、楯岡城も廃城となった。
現在は、一部が東沢公園として整備され、ハイキングコースとなっている。
歴代城主 : 前森氏 初代今嶺守 二代泰嶽守 三代泰院守 四代下綱守 本城氏 初代関山守 二代涼山守 三代泰国守 四代風国守 五代安国守 最上氏 初代伊予守満国 二代河内守満正 三代和泉守満次 四代豊後守満春 五代長門守満康 六代因幡守満英 七代豊前守満茂 勤番中山玄蕃 勤番山野辺右ェ門義忠 勤番鮭延越前守愛綱 初代多田甲斐守光直 二代多田甲斐守義賢 構造 : 根小屋式山城である。
山城部分は、東西400メートル、南北200メートルに及ぶ西楯山と、東西200メートル、南北150メートルの中楯山からなり、周囲を断崖絶壁で囲まれた要害である。
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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