清洲城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.21656136.843563
最大35.21708136.84463
最小35.21572136.842828

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概要 / Summary

清洲城(きよすじょう)は、尾張国春日井郡清須にあった平城です。
現在の愛知県清須市一場に位置しています。
別名は清須城と言います。
現在は模擬天守が再建されています。

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

清洲城は、尾張国春日井郡清須にあった日本の城。
尾張国の中心部に位置し、一時期尾張国の守護所として栄え、京鎌倉往還と伊勢街道が合流し中山道にも連絡する交通の要所として重視された。
または永和元年とも。
当初は、尾張守護所である下津城の別郭として建てられたが、文明8年に守護代織田家の内紛により下津城が焼失し、文明10年に守護所が清須に移転することで尾張国の中心地となった。
一時期、「織田弾正忠家」の当主織田信秀が清須奉行として居城した以外は常に清洲織田氏の居城としてあり、尾張下四郡を支配する守護代織田家の本城として機能した。
織田信秀が古渡城に拠点を移すと守護代織田信友が入城したが、弘治元年織田信長と結んだ織田信光によって信友が殺害され、以降信長が那古野城から移って大改修を加えた後、本拠として居城した。
信長は、この城から桶狭間の戦いに出陣するなど、約10年間清須を居城とした。
1562年。
永禄6年には美濃国斎藤氏との戦に備えて小牧山城に移り、以後は番城となった。
清洲城(愛知県)
清洲城模擬天守
別名 清須城
城郭構造 平城
天守構造 不明望楼型3重4階 1989年RC造模擬
築城主 斯波義重
築城年 応永12年(1405年)
主な改修者 織田信長、織田信雄
主な城主 斯波氏、織田氏、豊臣氏、福島氏、尾張徳川家
廃城年 慶長15年(1610年)
遺構 移築現存櫓(名古屋城)、土塁
指定文化財 なし
再建造物 模擬天守
位置 北緯35度12分59.67秒・東経136度50分36.95秒
最終更新:2017年7月14日(金)19:17 wikipedia
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