真弓山城(三河国)(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.13444137.325325
最大35.13473137.325711
最小35.13407137.32496

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

真弓山城(まゆみやまじょう)は三河国加茂郡足助庄の真弓山にあった山城です。
現在の愛知県豊田市足助町に位置しています。
別名は足助城と言います。
遺構としては曲輪跡などが残っています。
現在は高櫓・物見櫓・厨などが再建され、城跡公園足助城として整備されています。

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 足助 0.5
2 中之御所 0.5
3 足助田町 0.6
4 足助学校下 0.6
5 百年草 0.8

[35.13444 / 137.325325]付近のツイート

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

真弓山城は三河国加茂郡足助庄の真弓山にあった日本の城。
現在では「城跡公園足助城」として整備・公開されている。
築城時期は不明。
大永5年に松平清康がこの城を攻めた記録が残り、この際に清康の妹・久を2代鈴木重政の嫡子・重直に嫁すことで一旦は松平氏に下っている。
その後は離反帰服を経て、永禄7年に松平家康に攻められたのちは完全に服属し、以降は松平氏の家臣団として戦った。
真弓山城(愛知県)
真弓山城(足助城)
別名 足助城
城郭構造 山城
築城主 鈴木氏?
築城年 不明
主な城主 足助鈴木家
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 曲輪跡など
再建造物 高櫓・物見櫓・厨など
位置 北緯35度08分03.56秒・東経137度19分29.79秒
最終更新:2017年8月28日(月)10:20 wikipedia
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