二連木城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本34.76994137.414846
最大34.77047137.415318
最小34.76941137.414267

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概要 / Summary

二連木城(にれんぎじょう)は、朝倉川南岸の三河国渥美郡の北の端に有った平山城です。
現在の愛知県豊橋市仁連木町に位置しています。
別名として仁連木城と表される事もあります。
遺構は土塁、空堀が残っています。
現在、城跡は大口公園として整備されています。

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

二連木城は、朝倉川南岸の三河国渥美郡の北の端に有った戦国時代の日本の城の木」から名が付いたと言われ、仁連木城とも書く。
戸田宗光は、京都の室町幕府政所執事の伊勢貞親に仕えていた。
三河国守護の細川成之から三河国額田郡で狼藉を働く者の鎮圧願いが出され、8代将軍足利義政は戸田宗光と義父松平信光に命を下した。
宗光は義父松平信光と共に賊の首をあげ京へ送ったが、宗光は三河国で勢力を持ち始める。
応仁の乱{応仁元年〜文明9年}が始まり、群雄割拠の時代が来ると、文明7年、渥美郡大津城に入り、文明9年郡代一色政照を渥美郡大草村に隠居させ、政照の養子分になることで郡の統治権を得る。
文明12年に田原城を築城する。
二連木城(仁連木城)(愛知県)
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 戸田宗光
築城年 明応2年(1493年)
主な城主 戸田氏
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 土塁、空堀
指定文化財 なし
位置 北緯34度46分12.05秒・東経137度24分53.45秒
最終更新:2017年9月3日(日)11:04 wikipedia
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