大給城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.05208137.226956
最大35.05287137.228036
最小35.0509137.225804

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

大給城(おぎゅうじょう)は、愛知県豊田市大内町にあった山城です。
「松平氏遺跡」のうちの一つとして国の史跡に指定されています。
遺構としては堀切、曲輪、石塁、櫓台が残っています。
現在は城址公園として整備されています。

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# Name Km
1 大給口 0.3
2 菅沼上 0.6
3 大内 0.8
4 山中 0.9
5 松平中学校 1.0

[35.05208 / 137.226956]付近のツイート

  • 500m圏内
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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

大給城は、現在の愛知県豊田市大内町にあった日本の城。
乗元とその子松平乗正が1507年-1510年にかけて、城郭としての体裁を整備したとされる。
城郭は山容の鞍部を堀切で区切り、東西220m、南北280mの規模を持つ。
中央の山頂付近に主郭と副郭を、その南側には居館を建てた曲輪を配している。
大給城で特徴的なのは城北面に「水ノ手曲輪」といわれる曲輪を2つ設けていることである。
これは谷筋を堤防などで複数に区切って2つの曲輪として構成し、それぞれの曲輪内を井戸水と雨水によって湛水させることで、水堀と水利、両方の役割を果たすものである。
堤防のうち一つは幅30m、高さ5mの大規模なものである。
大給城(愛知県)
大給城址を示す石碑
城郭構造 山城
築城主 長坂新左衛門
築城年 15世紀末
主な城主 大給松平家
廃城年 天正18年(1590年)
遺構 堀切、曲輪、石塁、櫓台
指定文化財 国の史跡(「松平氏遺跡」のうちの一つ)
位置 北緯35度03分12.51秒・東経137度13分39.77秒
最終更新:2017年9月11日(月)03:22 wikipedia
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