上野城(伊賀国)(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本34.77017136.127119
最大34.77123136.128502
最小34.7689136.12597

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概要 / Summary

上野城(うえのじょう)は、三重県伊賀市上野丸之内にあった平山城です。
別名は白鳳城、伊賀上野城と言います。
遺構としては石垣、堀、武具蔵が残っています。
現在は、模擬天守が再建されており上野公園として整備されています。

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バス停のエリアノート

# Name Km
1 崇広堂前 0.3
2 公園口 0.3
3 公園東口 0.3
4 小田口 0.3
5 小田町 0.5

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

上野城は、三重県伊賀市上野丸之内である。
白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれる。
北には服部川と柘植川、南には久米川、西側には木津川の本流が流れ、城と城下町を取り巻く要害の地にある。
かつて上野城の場所には要塞としても利用された平楽寺や仁木氏館があった。
織田信雄の家臣である滝川雄利は平楽寺の跡に砦を築いたが、小牧・長久手の戦いの際に脇坂安治によって落城させられた。
その後天正13年に筒井定次によって改修を受け、慶長16年に徳川家康の命を負って藤堂高虎が拡張したが、大坂の陣によって、当時高虎が従属する家康に対立していた豊臣氏が滅んだため築城が中止され、本丸・二ノ丸などの主要部分は城代屋敷を除いて未完成のまま江戸時代を過ごした。
上野城(三重県)
模擬天守
別名 白鳳城、伊賀上野城
城郭構造 梯郭式平山城
天守構造 不明5重(完成間近に倒壊)層塔型3層3階(模擬、木造・1935年築)
築城主 筒井定次
築城年 天正13年(1585年)
主な改修者 筒井定次藤堂高虎
主な城主 服部氏仁木氏筒井定次脇坂安治藤堂氏
廃城年 明治4年(1871年)
遺構 石垣、堀、武具蔵
指定文化財 国史跡俳聖殿(国の重要文化財)天守は伊賀市指定有形文化財
再建造物 天守(模擬、木造)
位置 北緯34度46分12.51秒・東経136度7分37.71秒
最終更新:2017年9月25日(月)12:08 wikipedia
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