建部山城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本35.4556135.296888
最大35.45829135.304356
最小35.45095135.289507

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

建部山城(たけべやまじょう)は丹後国加佐郡にあった山城です。
現在の京都府舞鶴市下福井に位置しています。
別名は八田城、田辺城と言います。
城があった山は現在はハイキングコースとなっています。
また、山頂の城跡は旧陸軍舞鶴要塞の砲台が建設されていた為に、遺構はほとんど残っていません。

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 舞鶴営業所 0.9
2 四所 1.0
3 上福井 1.1
4 大和工芸前 1.2
5 一盃水 1.3

[35.4556 / 135.296888]付近のツイート

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  • 5km圏内
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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

建部山城は丹後国加佐郡に室町時代から戦国時代に存在していた日本の城。
室町幕府の重鎮として栄えた有力守護大名・一色氏の根拠地である八田守護所の背後にあった詰城。
八田城、田辺城ともいう。
観応騒動の時に足利軍によって、北朝側の拠点になった。
丹後国の守護として足利氏の一門であった一色範光が入ると、建部山の麓にある八田に丹後守護所を構え一色氏代々の居所と定めた。
また八田の守護館の背後にたつ建部山に建部山城を築き、戦時の際の城として守りを固める。
建部山城(京都府)
城郭構造 山城
築城年 南北朝時代
主な改修者 一色氏、細川氏
主な城主 一色範光、細川藤孝(幽斎)
指定文化財 なし
最終更新:2017年10月19日(木)23:56 wikipedia
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