福井城(摂津国)(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本34.85083135.550926
最大34.85297135.552814
最小34.84989135.549874

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概要 / Summary

福井城(ふくいじょう)は、摂津国にあった丘城です。
大阪府茨木市に位置していました。
遺構としては本丸、二の丸、三の丸など連曲輪が残っていますが、現在の福井城跡は殆んど田畑となっています。

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

福井城は、福井県福井市にあった日本の城。
城郭の一部が現存する。
形式は平城。
本丸と二の丸の縄張りは徳川家康によるものとされる。
江戸時代には福井藩主越前松平家の居城、城下町として栄える。
なお、福井城が築城される以前に同地に存在した北ノ庄城についても合わせて記す。
存在したとしても、簡易な前線基地か砦程度の物であったと推定されている。
後、柴田氏が天正3年に築城した「柴田氏北ノ庄城」と、後、その跡地に結城氏によって慶長6年に築城または改築を受けた「結城氏北ノ庄城」とがあるため、北ノ庄城は大きく2期に分けられている。
現在見られる福井城の遺構は第2期のものである。
柴田氏北ノ庄城と結城氏北ノ庄城との関係について、柴田氏のものを結城氏が改築したもの、柴田氏のものの跡に結城氏によってまったく別の城として築かれたものという解釈がある。
現状では前者の調査がほとんど進んでいないため不明である。
そのため前者と後者を区別しないこともある。
福井城(福井県)
福井城 石垣、内堀
別名 北ノ庄城
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 不明、7層(一説には9層)柴田氏北ノ庄城時代(1575年) 望楼型4重5階(1601年・非現存)
築城主 柴田勝家
築城年 1575年
主な改修者 結城秀康
主な城主 柴田勝家、越前松平家
廃城年 1871年
遺構 石垣、土塁、堀
指定文化財 なし
位置 北緯36度3分55.64秒・東経136度13分15.24秒
最終更新:2017年12月4日(月)14:16 wikipedia
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