伊佐城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本36.33246139.976222
最大36.33285139.976544
最小36.33227139.975884

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

伊佐城(いさじょう)は、常陸国伊佐郡にあった城です。
現在の茨城県筑西市に位置しています。
伊佐城跡の名称で茨城県の史跡に指定されています。
遺構としては曲輪跡、堀切跡が残っています。

推定される住所 / Address

茨城県筑西市中舘456-9
茨城県筑西市中舘457-9
茨城県筑西市中舘459-9
茨城県筑西市中舘460-9
茨城県筑西市中舘463-9

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

伊佐城は、常陸国伊佐郡にあった伊佐氏の日本の城。
その城域は、東側に勤行川をのぞむ台地上の施無畏山延命院観音寺境内とその周辺で、「伊佐城跡」の名称で茨城県の史跡に指定されている。
築城者は、藤原北家山陰流の伊達朝宗との説あり。
また、天慶3年・中館・下館の三館築いたという伝説があり、この三館のうちの中館を伊佐氏が改修したものが伊佐城との説もある。
同城のあった常陸国伊佐郡は、平安時代末期から鎌倉時代まで、伊佐氏の領地であった。
南北朝の争乱が常陸国に及ぶと、城主の伊佐氏に呼応。
大宝城、関城など南朝方諸城とともに戦う。
北朝方高師冬軍の攻撃に長く耐えたが、興国4年に落城、以後廃城となる。
伊佐城(茨城県)
築城主 伊佐氏
築城年 不明
主な城主 伊佐氏
廃城年 興国4年(1343年)
遺構 曲輪跡、堀切跡
指定文化財 茨城県史跡
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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