左沢楯山城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本38.38651140.213356
最大38.38695140.214128
最小38.38567140.212884

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エリア範囲 / Area range

概要 / Summary

左沢楯山城(あてらざわたてやまじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘左沢にあった山城です。
山形県西村山郡大江町に位置しています。
2009年に国の史跡に指定されています。
現在、城跡は楯山公園となっています。

推定される住所 / Address

山形県西村山郡大江町大字左沢63-10
山形県西村山郡大江町大字左沢62-10
山形県西村山郡大江町大字左沢105-10
山形県西村山郡大江町大字左沢35-10
山形県西村山郡大江町大字左沢1-10

駅のエリアノート

バス停のエリアノート

# Name Km
1 百目木 0.5
2 左沢駅前 0.7
3 左沢十字路 1.0

[38.38651 / 140.213356]付近のツイート

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  • 10km圏内

誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

左沢楯山城は、出羽国村山郡寒河江荘左沢にあった日本の城である。
跡地は国史跡である。
左沢氏初代元時は大江時茂の次男であり、時茂が南北朝の争乱に備えて白岩・柴橋・寒河江・溝延などに一族の子弟を配して守りを固めた際に、左沢に配置された。
元時は応安元年/正平23年最上氏との漆川の戦いで敗れ一族60数名と共に自害してしまうが、子孫は代々左沢楯山城を守る。
左沢氏から吉川宗家に養子として入った吉川政周が永正11年に伊達氏との抗争で戦死して以後、左沢氏の系譜をたどることはできないが、天正2年天正最上の乱で伊達側について立働く様子が見られる。
天正12年寒河江氏が最上氏により滅ぼされると最上氏の支配下にはいり、慶長出羽合戦では直江兼続配下の分隊による攻撃を受けたようである小漆川に新城を築くまでその機能を果たした。
左沢楯山城(山形県)
城郭構造 山城
築城主 大江元時
築城年 南北朝時代~戦国時代
主な城主 左沢氏、酒井氏
廃城年 寛永年間(1624年~1645年)
遺構 曲輪、堀切
位置 北緯38度23分15.5秒・東経140度12分55.2秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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