白岩城(址)エリアノート GO/ AreaNote GO

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緯度 経度 / longitude latitude

緯度経度
基本38.41083140.226816
最大38.41115140.227711
最小38.41044140.226381

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概要 / Summary

白岩城(しらいわじょう)は、出羽国村山郡寒河江荘白岩にあった山城です。
現在の山形県寒河江市白岩に位置しています。
遺構としては曲輪、堀切、空堀が残っています。

推定される住所 / Address

山形県寒河江市大字白岩254-10
山形県寒河江市大字白岩263-10
山形県寒河江市大字白岩265-10
山形県寒河江市大字白岩264-10
山形県寒河江市大字白岩235-10

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誰でも編集できるフリー百科事典からの要約

白岩城は、出羽国村山郡寒河江荘白岩にあった城である。
斯波兼頼との争いで父・大江元政を失った時茂は、南北朝の争乱に備えて寒河江荘を子や兄弟に分割して城や楯を築かせ、白岩の地には嫡男・溝延茂信の子・政広を配した。
白岩氏は4代・白岩満教を溝延氏から迎えると、両者は関係を強めながら次第に自立性を高め領主権を拡大するが、戦国時代末期寒河江氏滅亡と前後して最上氏に下り松根光広を養子として迎えた。
慶長出羽合戦では庄内から六十里越街道を経て侵入した下秀久に攻め落とされた。
白岩城(山形県)
白岩城跡
城郭構造 山城
築城主 白岩政広
築城年 南北朝時代から戦国時代にかけて
主な城主 溝延氏、白岩氏
遺構 曲輪、堀切、空堀
位置 北緯38度24分40.7秒・東経140度13分38.5秒
最終更新:2017年2月18日(土)09:34 wikipedia
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